電気化学とは電子とイオンが関与する化学現象を扱う分野です。電気化学は、物理化学、無機化学、有機化学、分析化学、生化学などの様々な分野と深い関わりがあり、難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。しかしながら、工業的な応用範囲は非常に広く、電池、めっき、工業電解だけではなく、半導体やファインセラミックスの分野まで利用されています。
電気化学の始まり
電気化学は18世紀、ボルタとガルバニから始まります。生理学者のガルバニはカエルを解剖しているときに頭のないカエルの足だけが痙攣しているのを見つけます。また、この事象は2種類のメスでカエルの足に触れたときにのみ起こることがわかり、ガルバニはその電気のもとがカエルの組織の中にあるとする動物電気説を提唱しました。友人であったボルタはこのことを手紙で聞き、追加の実験を行いました。そして、電気のもとはカエルの中にあるのではなく、二つの金属を接触させたことが原因であると考え、「ボルタの電堆」を作製しそれを実証しました。
ボルタの電堆
ボルタの電堆の構造は、銅、または銀をかぶせた銅の円盤と、亜鉛またはスズの円盤を張り合わせ、塩水で湿らした布をはさんで何層も積層したものになっており、一番下の金属と一番上の金属をワイヤーでつなぎ、電気を取り出すかたちになっています。ボルタはこの電堆を用いて電気の発生を実証しました。これは人類が初めて化学物質から電気という新しいエネルギーを得たことになり、ボルタの実証実験は非常に評価されました。この功績から電位の単位ではボルト(V)が使用され、ボルタの故郷イタリアでは紙幣にも使われています(紙幣にはボルタとともにボルタの電堆、ボルタ記念館が描かれています)。ボルタはこのとき、電気の発生源は金属の接触部分であり布部分は単なる導体であると考えていましたが、これは誤っており、現在では電気の発生源は金属が水に溶け出す際の化学反応であることがわかっています。
電気分解
その後、電気の概念は世界中に広まっていきます。イギリスのカーライルとニコルソンはボルタの電堆を使って水を電気分解し、水素と酸素を生成しました。これが電流を使用した最初の科学実験となっています。また、1806年にイギリスのデービーが、電気分解で化合物が離れるのであれば結合させている化学親和力も電気的であるとする「結合の電気化学的仮説」を発表しました。そして、K, Mg, Ca, Sr, Baといった新たな元素を次々と発見しました。
1833年にファラデーは電気分解の法則を発見します。この法則は以下2つからなります。
- 電気分解によって各電極で変化する物質の質量は流れる電気量に比例する
- 同一電気量によって変化する物質の質量は、物質のモル質量を関与する電子数で割った値に比例する
$$m=\frac{Q}{F}(\frac{M}{z})$$
ここで、mは変化した物質の質量(g)、Qは流れた電気量(C)、Mは物質のモル質量(g/mol)、zは1分子の物質の変化に関与する電子数になります。また、定数Fはファラデー定数と呼ばれ、1モルの電子の電気量$$96485 C/mol$$であり、電子1個の電気量$$e=1.6022×10^{-19} C$$にアボガドロ数$$N_A=6.022×10^{23} /mol$$をかけたものになります。
ファラデー定数:$$F=eN_A$$
また、ファラデーは電極、陽極、陰極、イオン、陽イオン、陰イオン、電解質、電気分解といった電気化学の基本用語も考え出しています。
アレニウスの電離説
ボルタの電堆からおよそ80年後、電気化学は再び進展します。ファラデーが電気を運ぶ粒子としてイオンという概念を作り出していましたが、これは電場をかけて初めて生じるものでした。しかしながら、アレニウスは、電解質は水に溶かすと電場をかけなくても色々な割合で正と負の電荷をもつイオンに分かれる、という電離説を唱えました。この考えは当時賛同をほとんど得られませんでしたが、ドイツのオストワルドは、解離平衡に質量作用の法則を適用して弱電解質の当量電気伝導率についての希釈率を導出し、アレニウスを支持しました。また、アレニウスはファントホッフが見出した浸透圧の式$$Π=icRT$$の係数iが電解質の電離に影響を与えることを明らかにし、電離説の確固たる証拠を得ることに成功しました。
その後、ネルンストが金属電極と金属イオンの溶液との間の平衡条件を解析してネルンスト式を発表、ターフェルが電極反応速度と電極電位との関係を示すターフェル式を発表するなど、20世紀初頭になると電極反応の平衡論と速度論に関する基本的な諸法則が出揃いました。
1924年には、チェコのヘイロフスキーと志方益三が滴下水銀電極の電流-電位曲線の自動記録装置、ポーラログラフを創作しました。この方法はポーラログラフィーと呼ばれ、この装置にて記録された電流-電位曲線をポーラログラムと呼びます。この装置の基本概念は現代における各種電気化学分析法の礎となっており、今日の発展につながっています。
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